美味いの研究 その1
ドダン・ブーファンのポトフ
美味いの研究 その1



魔神的美味いの判定

 美味い・・・ある食べ物を食べて、美味いか不味いかは、その人の感覚による。
 従って、一概にその食べ物が美味いか不味いか言う事は出来ない。
 研究終わり。

 これでお終い。えっ?意味ない?

 じゃあ、意味のある研究を。

 下図は、料理を食べた時の美味いと感じる要素を事柄別、時系列に並べたもの。


 @食前
  食べる前に人が感しるのは、料理から漂う香りと、盛りつけの美しさ。
  盛りつけは、音楽に例えるなら料理のイントロみたいな物で、香りは演奏しているバックバンドみたいな物。
  地味だが、無視できない存在だ。

   a.盛りつけ
     料理に盛りつけは重要な要素。盛りつけが美しいと、料理がより美味しく見えるはず。
     上手に盛りつけられた料理は、まるで皿の上の絵画のよう。料理人の美的センスがうかがえると言うもの。
     盛りつけだけで、味に寄与しない盛りつけ、ましてや味を損なうような盛りつけなら止めた方が良い。
     しかし、盛りつけも美しく、味にも寄与するなら素晴らしい事だ。
     美味そうに盛りつけられた料理は、着飾った貴婦人と同じで、中身を想像し、見ただけで口中を生唾があふれる。

   b.香り
     料理の香りが、良い香りなら、料理の美味さを倍加させるだろう。
     香りにも細かく3ツに分かれる。
     ・食前に漂う香りは、料理の主成分の香り
     ・料理を口に入れてから漂う香りは、料理に入っている食材、調味料など、料理を構成する全ての香り
     ・食後に漂う香りは、料理にどんな食材、どんな調味料を使ったかによる
     悪い香りは、料理の素材の持ち味を殺し、料理を不味くする。
     食前の良い香りは、食欲を増進し、食中の良い香りは、味のBGMとなり、食後の良い香りは、その料理をまた食べようと言う気にさせる。
     食後しばらくたっても、ゲップの中に料理の香りが残り、心地よいゲップの中に料理の美味さを思い出す。
     音楽に例えると、駄目なバックバンドは、個々が目立とうとめいめい勝手バラバラに前に出てくる。
     または、目立つだけの才覚もなく、後ろに引っ込んで、音楽自体が印象に残らない。
     いずれも、音楽のバランスを壊し、ボーカルの歌を殺す。
     良いバックバンドは、決してボーカルの前には出ないが、良くボーカルをサポートし、存在感を示し、音楽を一体化させる。

 A食中
  いざ料理を口にした時、料理から漂う香りとともに、調理された食材のもつ歯ごたえや食感、つぎに調理された味を感じる。
  歯ごたえや食感、味は、音楽に例えるならボーカルのような物だ。つまり主役。
  いくら、盛りつけや香りが良くても歯ごたえや食感、味が悪ければ意味がない。
  いくら容姿端麗、美しく着飾り、素晴らしいスタイル、素晴らしい美顔の美女でも、性格が悪ければ付き合う気がしないのと同じだ。

   c.歯ごたえ・食感など
     何も、やたらカリカリしたり、やたら柔らかかったりするばかりが、歯ごたえや、食感ではない。
     すぐに思い出すのは、
      ・鶏唐揚げの衣のパリッとした食感とジューシーで柔らかい鶏肉
      ・石焼きビビンバのごはんと縁のコゲ
     等と言うところだろうか。
     実際には、食材と食材の組み合わせ、調理法で、歯ごたえや食感のバリエーションは無限に広がる。
     例えば青椒肉絲の様に細く切ったピーマンのカリカリした食感と、細切りにした肉の軟らかい食感の組み合わせの美味さだってある。
     中華粥のように、米粒が無くトロトロになった状態だって、歯ごたえはないが食感と言える。
     実際中華粥は、油條で、歯ごたえを補う。
     料理にとっての歯ごたえや、食感は、料理の美味さの必須条件ではないが、美味さの一翼を担う。

   d.味
     さて味とは、料理のメインエベント、音楽で言うボーカルの声のようなもの。
     いくら演奏の上手なバックバンドに支えられていても、ボーカルの歌が巧くなければ意味がないだろう。
     味は、つまるところ塩(砂糖)で決まる。
     濃い塩味は、塩味が全面に出過ぎて、素材そのものの味を消し、殺してしまうが、絶妙な塩味は、素材の持ち味を倍加させる。
     これを塩梅と言う。
     しかし物の旨味とは、塩辛さや甘さだけじゃなく、隠し味に酸味や苦み、渋みを加えると味に深みを持たせる。
     これは、子供が数々の苦い人生経験を加え成長する事で、そのうちいっぱしの大人になる事に似ている。
     困難に当たっては、決っして美しいだけでなく、決っして正しいだけでなく、醜い事や、悪い事すら選択肢に加える、タフでふてぶてしい大人に。
     甘い、辛いだけでは、まだまだ子供の味。

   e.後味
     後味は、dを感じた後、dの味が消え去った時に残っている味。
     例えばダシだったり、隠し味だったり。
     ちゃんと作った料理は、後味すっきり、美味さだけが残る。
     化学調味料なんかを使っていると、この後味がきつい。口中に気持ち悪さが残る。
     この後味が、料理をちゃんと作っているのか、いい加減に作っているのかのバロメータになる。
     いくらdの味が良くったって、後味が悪ければ意味がない。
     いくら歌の巧いボーカルで、演奏の巧いバックバンドと言えども、エンディングが悪ければ、曲がしまらない。

 B食後
  食後に感じるのは、bの香りとeの後味。ちゃんと作っていれば、ここで残っているのは、いずれも旨味だけ。
  ここにもう一つ新たに、胃もたれと言う要素が加わる。
  胃もたれするかどうかは、使っている素材、調味料による。
  いくら胃もたれする素材であっても、それを緩和させる事はできるだろう。それが、料理の知恵という物だ。

 では、例として「海老のマヨネーズ炒め」をサンプルに、この図を解説して行こう。

 まずはaの盛りつけ。
 緑のレタスのじゅうたんに、黄色いマヨネーズをまとった俵状に揚げた海老。海老は所々赤い。
 緑と黄色と赤で、盛りつけの色合いの基本を押さえていると言えるだろう。レストランだったら、ここに食花でも飾る所だが、家庭料理だから無理。

 次にbの香り。
 この料理、食前には香りの要素は無い。犬並みの鼻の持ち主なら、さしずめジンの香りを嗅ぎ分けるだろうが、普通の人間には無理。
 ただし食中、すなわち口に入れた時、マヨネーズの香り、ジンの香り、揚げた海老の香りがするだろう。それでもこの料理は、香りで食べさせる料理ではない。地味な香りだ。

 cの歯ごたえ・食感。
 この料理、第一のポイントとして、この歯ごたえ・食感が重要。
 海老は俵状に、多めの片栗粉で、カリッと揚げている。海老のカリッという食感とドロッとしたオーロラソースの歯ごたえ・食感の対比が面白い。

 dの味。
 味付けは、海老の下味もさることながら、オーロラソースの出来が、ほとんど全て。
 マヨネーズのコッテリ感と酸っぱさ、生クリームがコクをプラスし、ケチャップが旨味をプラスする。アルコール度数の高い辛口のドライジンが味を引き締め、この料理を大人の味に変える。
 海老とマヨネーズの組み合わせ、相性は抜群。
 この組み合わせと言うやつ、これほど料理人の経験が問われる物はない。
 食べる前はミスマッチと思われる物も、意外とマッチする事はよくある。この料理の西洋の産物マヨネーズと、中国風に揚げた海老の組み合わせなんか最たる物と言える。
 食べてみれば分かるが、マヨネーズソースを使っているにも関わらず、味としては紛れもなく中国料理。

 eの後味。
 この料理は、後味もさほど複雑ではない。
 口に残るのは、揚げた海老の油分、マヨネーズの油分、そしてジン。わずかに、生クリームのコクとケチャップの旨味。
 後味を美味いものにしたければ、海老の揚げ油とマヨネーズは、良い物を使う必要がある。

 この料理のウィークポイントは、香りと後味。
 その点は、これからの研究課題だね。
 歯ごたえは、カリッとドロッで、申し分ない。
 味だが、インターネットに、色々なオーロラソースの作り方が載っている。
 単純な作り方は、マヨネーズとケチャップを混ぜただけ。そんなオーロラソースを使っても、それなりに食べられるものは作れるだろう。
 しかし、本当に美味い「海老のマヨネーズ炒め」を作るには、味の重要な要素であるオーロラソースをいかに旨味あふれる物にするかがポイント。

 よく行列の出来る店などに行った時、dの味は悪くないが、他のポイント、abceは、全然駄目という経験が良くある。
 こんな店に並ぶ人は、dの要素しか重視していないのだろう。

 自分は、家で料理を作ったりもする、いわゆる自炊というやつだが、場合によって根本的に料理法を間違った時でも、あとから味の調整は何とでもなると言う経験をして来た。
 もちろん、料理を失敗しているのだから、歯ごたえや、香り、後味には影響が出るが、口当たり、最初に感じる味dは、食べられない味ではない・・・むしろ結構美味い味は作り出せる。
 と言う事は、素人の自分でさえそうなのだから、プロの料理人なら美味い味を作り出すのは、造作ないはず。
 つまり、ある程度の料理の腕があれば、dで美味いと思わせる事が出来る。

 しかし、dで美味いと言うのは、本当に美味いのほんの入り口でしかない。

 料理と言うくらいだ。
 まずは、どのようなコンセプトでその料理を作るか決定し、最適な素材の組み合わせは?香りの要素は?ダシは?ソースは?それらを決定する。
 調理した後、コンセプトに沿ってa盛りつけ、b香り、c.歯ごたえ食感、d味、e後味のそれぞれが、コンセプトにかなっているか検討する。
 プロの料理人は、漠然と素材を鍋に入れ、料理している訳ではない。食べ手、すなわち店に来た客に対して、どのような感銘を与えるのか計算して、料理のコンセプトを組み立てる人が多いはずだ。
 最初に組み立てたコンセプトに、作った料理がかなっていて初めて、美味い料理となる。

 だから自分は、料理人の考えた料理コンセプトを想像しつつ、料理を食べている。
 このサイトの食い物屋の料理批評も、そうしている。
 作る側程ではないにしろ、食べる側だって真剣勝負なのだ。

Last Update 2003.07.30 Created by Majin